――「壊れない」ではなく「壊れにくい」を科学する
モノづくりの目的は、ただ“動く製品”を作ることではありません。
お客様の手に渡ったあと、長い年月にわたって安定して使えること。
それこそが本当の意味での「品質」だと私は考えています。
製品開発の現場では、設計段階で“寿命”を想定し、
それを確認するために数多くの環境試験を実施します。
しかし、単に試験をパスするだけでは不十分。
実際の使用環境をどこまで正確に再現できるかが、寿命設計の要になります。
この記事では、私が経験した寿命設計と環境試験の実際、
そして“長く使われる製品”を生み出すために必要な考え方を紹介します。
「寿命設計」は想像力の勝負
私がかつて担当した電子機器の部品では、
「10年使用しても性能を維持すること」が要求仕様にありました。
しかし、10年分の時間をそのまま試験するわけにはいきません。
そこで登場するのが“加速試験”です。
高温・高湿・振動など、想定される環境ストレスを強めて短期間で劣化を再現します。
たとえば、
85℃×85%RH(高温高湿)で1000時間保持
-40℃〜+85℃の温度サイクルを1000回繰り返す
振動試験機で3軸方向の加振を連続48時間
これらの試験を通じて、「10年後の状態を数週間で再現」するのです。
しかし、ここで最も重要なのは数字ではなく“想像力”。
「お客様はどんな場所で使うのか?」「どんな使われ方をするのか?」
現場を知らずに設計した寿命は、机上の空論になってしまいます。
私は一度、農業機械向けの制御ユニットを担当した際、
実際の現場を見に行き、泥・水・振動・温度変化の厳しさに衝撃を受けました。
その体験をもとに設計条件を見直した結果、
不具合率を劇的に下げることができたのです。
環境試験は“壊すためにやる”もの
環境試験の目的は、合格することではありません。
むしろ「壊して原因を見つける」ことにあります。
試験途中で破損した箇所を分析し、
「どこが弱いか」「何が劣化したか」を突き止める。
これが次の設計改良につながります。
私が特に印象に残っているのは、樹脂部品のクラック試験です。
ある機構部品が高温サイクル中に割れたため、
材料のガラス転移点(Tg)を調べ直したところ、
使用していた樹脂が設計温度ギリギリであったことが分かりました。
結果、耐熱性の高いグレードに変更。
コストは少し上がりましたが、製品の信頼性は大幅に向上しました。
壊れた原因を「失敗」と呼ばず、「データ」と呼ぶ。
この発想転換こそが、寿命設計の真髄だと感じています。
「安全率」という考え方
寿命設計では、単に“耐えられる”だけでなく、
“余裕を持たせる”設計が求められます。
例えば、想定される応力が100Nなら、
設計上は150N(安全率1.5)を目安にする。
この余裕が、使用環境のバラつきや経年劣化を吸収します。
しかし安全率を高くしすぎると、
部品が大きくなり、コストも増えます。
つまり、安全率とは経験と勘が試されるバランスの設計なのです。
若い設計者には、「安全率を決める根拠を言葉で説明できるように」とよく伝えます。
数値の裏に“人の判断”があることを忘れてはいけません。
“使われ続ける”モノづくりへ
耐久試験や環境試験を通じて、私は一つの真理に気づきました。
それは、「壊れない製品」は存在しないということ。
どんな製品も、必ずいつか寿命を迎えます。
大切なのは、“壊れるまでの時間”をどうデザインするか。
たとえば、
経年劣化しても安全側に動作する構造
部品交換が容易な設計
修理・リサイクルしやすいモジュール構成
こうした配慮があるだけで、
製品は「消耗品」から「長く付き合う相棒」へと変わります。
私自身も、20年前に設計した装置が今も現場で動いているのを見るたび、
“寿命設計の重み”を実感します。
その瞬間こそ、エンジニア冥利に尽きるものです。
まとめ
寿命設計と環境試験は、単なる品質確認の手順ではなく、
「人の暮らしに寄り添うモノづくり」の根幹です。
・壊れた理由を恐れずに調べる。
・現場を観察し、実使用を想像する。
・安全率を持たせ、余裕ある設計を心がける。
その積み重ねが、「長く使われる製品」を支えています。
私はこの経験を通して、
「モノを作る」とは「時間を設計する」ことだと学びました。
10年先、20年先でも安心して使ってもらえるように。
その思いを込めて、今日も図面に線を引き続けています。