【改善と継承】

次世代への引き継ぎと技術継承の難しさと喜び

――経験を伝えることも、エンジニアの仕事

長くモノづくりの現場にいると、
「設計をすること」よりも「教えること」の難しさを痛感します。

若手社員の教育、設計ノウハウの共有、図面や試験データの管理──。
どれも時間がかかり、正解がありません。

けれども、技術は人から人へと伝わって初めて“生きる”もの。
どんな優れた設計も、継承されなければ次の製品には活かせません。

この記事では、私が経験した技術継承の課題と工夫、
そして「伝える側」として感じたやりがいについてお話しします。

技術は「引き継がなければ消えていく」

私が新人の頃、ベテランの先輩から教わった一言があります。

「図面は読むものじゃない。感じるものだ。」

最初は何を言っているのか分かりませんでした。
けれども、設計を重ねるうちにその意味が分かってきました。

図面には線や数字だけでなく、
作り手の“意図”と“配慮”が込められているのです。
寸法の選び方、誤差の付け方、材料の指定──。
すべてに設計者の経験が反映されています。

しかし、その意図を口伝えで説明しなければ、
後輩には伝わらず、ただの数字の羅列になってしまいます。

私はこの「暗黙知」をどう残すかを常に考えてきました。

設計ノウハウを“見える化”する取り組み

あるとき、若手社員から「過去の図面を見ても理由が分からない」と相談を受けました。
たしかに、10年前の自分の設計を見返しても、
なぜその寸法にしたのか思い出せないことがありました。

そこで始めたのが、「設計意図メモ」を残す取り組みです。

図面番号ごとに「選定理由」「失敗事例」「注意点」を一行ずつ記録

試験結果とのリンクをスプレッドシートで管理

設計変更のたびにメモを更新

この小さな仕組みが、後輩たちにとって大きな財産になりました。

「これ、過去にこういう失敗があったんですね」
「同じ構造を使うときの注意点が分かりやすいです」

そんな声を聞くたびに、「教えることも設計だ」と実感します。

“感覚”を言葉にする難しさ

技術継承で最も難しいのは、数値化できない“感覚”を伝えることです。

たとえば、
「板金部品のクリアランスは0.3mmより狭いと歪みやすい」
「この構造は試作だと問題ないが、量産では組み立てが大変になる」

こうした感覚的なノウハウは、教科書には載っていません。

私は後輩に教える際、できるだけ実物を見せながら説明するようにしています。
CAD画面だけでは伝わらない“勘どころ”を、
手触りや音、組み立て時の抵抗感として感じ取ってもらう。

現場で一緒に汗をかくことこそ、最も確実な教育方法だと思っています。

伝えることで“自分の技術”も深まる

意外かもしれませんが、後輩に教えることで、
自分の理解がより深まることもあります。

あるとき、「なぜこの厚みなのですか?」と質問され、
改めて解析条件を見直した結果、
自分でも気づかなかった改善点を見つけたことがありました。

教えることは、もう一度学び直すこと。

この経験以来、私は教育を「アウトプットの練習」と捉えるようになりました。
知識を言語化し、体系立てて説明できるようになると、
技術者としての思考の整理にもつながります。

若手が育つ“風土”をつくる

技術継承は、個人の努力だけでは限界があります。
組織として“教え合う文化”がなければ、
経験が属人化し、会社の財産として残りません。

私はチームリーダーを任されたとき、
次の3つを意識して取り組みました。

1.失敗を共有できる雰囲気づくり

 → 失敗を責めず、「なぜそうなったか」を一緒に考える文化をつくる。

2.勉強会の定期開催

 → 実際の不具合例をもとにディスカッション。ベテランも新人も平等に発言できる場に。

3.設計ガイドラインの刷新


 → 古い規格や過剰設計を見直し、今の製品に合わせて更新。

こうした取り組みを通じて、
若手が自発的に提案を出してくれるようになりました。
「継承」は受け身ではなく、一緒に作るものだと感じます。

「引き継ぐこと」は、バトンを渡すこと

私が定年を意識し始めたころ、
チームの若手が私の過去設計を基に新製品を立ち上げました。

初回試作でその製品が正常に動作した瞬間、
胸の奥にこみ上げるものがありました。

「自分の技術が、次の世代に生きている。」

設計という仕事は、形を残すだけでなく、
考え方を受け継ぐ仕事でもあると改めて実感しました。

まとめ

技術継承は、単なる「教育」ではありません。
それは、“技術を未来につなぐ”という責任のバトンリレーです。

図面の裏にある意図を伝える

ノウハウを見える化し、チームで共有する

感覚を体験で伝え、失敗を恐れない文化を育てる

この3つを続けることで、
技術は“個人の経験”から“組織の財産”へと変わります。

そして何より、後輩たちが自分の設計を越えていく瞬間、
それはどんな成功よりもうれしいものです。

私たちベテランにできる最大の仕事は、
“次の世代がより良いモノづくりをできる環境を整えること”。

今日もその思いを胸に、若手と一緒に図面を囲んでいます。

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